2009年8月30日日曜日

間違ったことをすることは死ぬこと15

間違ったことをすることは死ぬこと15

いちばんむずかしいことで、だれにでもできること  (こんとん)
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ふしぎなコトリらがなく
はながさいている
どういうものか ひとのうちにゆくものではない
ひろいはたけにいけ
きんぞくのねがするヤマはたけにいけ
まっしろいはたけへいけ
そこでしぬまでとどまれ
あせってはならない
きたひとにははなしをしろ
それでいい
クサをとりながらつちこにぬれろ
いきもはなもつかなくなれ
これはむずかしいことだが
たれにもできることだ
いちばんむずかしいこのことをしていけ
いちばんむずかしいなかでしね
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私はこの詩が好きです。
誰にでもできるけれど誰もが自分が可愛くてしないこと、誰もが真実の発覚を懼れます。誰もが普通にただひたすらに生きることが出来ません。
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「刑務所に行くだろう」「気違い」「逮捕歴がある」「10月末逮捕」と元国家公安委員長白川勝彦、厚生労働大臣政務官、法務大臣政務官早川忠孝、公明党参議院議員山本香苗など多くの国会議員のサイトに私に対する人権侵害、個人情報保護法違反の記事、コメントが書いてあります。これは嘘です。浪速警察署が証明してくれ ましたし、米子旗ヶ崎の交番の警官3人が証明して下さいます。「問い合わせる必要もない」と言われました。「貴方の話を聞いただけで、その社民党員の嘘だ と分る」と警官4人全員が言いました。

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私は社民党大阪府連合の刑事告発(告訴が正しい。)など当然「嘘だ」と思って来ましたが、被害が普通ではないので仕方なく米子旗ヶ崎交番に行きました。浪速警察に訴えは出ていませんでした。最近の記事にある「警察に缶詰め」などあるはずがないということです。刑事事件であれば、私のプロバイダーDEODEO/ENJOY、NTTコミュニケーション/OCNを解約させるくらいですから、私のことは何もかも分っています。私が警察に缶詰になっているでしょう。もう半年も前、2008年3月から始まった自民公明社民党の中傷記事とコメントです。記事はしょっちゅう変わります。 コメントも変わります。改ざんしていきます。自民党が戦時中の厚生労働省の犯罪の証拠書類を破棄し、焼却処分したのと同じ方法です。戸井田徹は、公文書の管理の仕事に就きました。こんな男にそういう仕事をさせるのが自公政権です。
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ENJOY、OCNと何が違反しているかも告げられないまま、プロバイダー契約を解約させられました。警察官でさえ直ぐに笑って「嘘だ」という犯罪行為によって、私のような一般投稿者がNETから何人消されたか分りません。プロバイダーがその犯罪を助けていま す。プロバイダーの規約が利用されています。私が出会ったプロバイダーの殆どのサポーターは犯罪を犯すことのない人々です。しかし内部にそういう犯罪に手を染めている人がいます。会社そのものが不正アクセスに手を貸していますから、そういうプロバイダーは利用しない方がいいでしょう。NTTPlalaはその犯罪に手を貸しませんでした。
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私の詩は幾度削除されても盗まれても削除はさせません、盗ませません。私の詩は盗んでも私の詩を書き続けることの出来るのは私だけです。数行を盗んでもその盗作した人の他の作品とは違います。そういう盗作詩人の詩は一貫性に欠けていますから、直ぐに分ります。 そして書いてあるというだけで意味のないことで、人の心を打つこともありません。盗めなくなったら終わりです。私はいくら何をされても詩を発表します。それがたれにでもできることでたれもしない、簡単なことなのにむずかしいことです。中原中也賞受賞者に私の2004年の詩の一部が使われていました。
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「いちばんむずかしいことのなかでしぬこと」は、私にとって一番簡単なことの中で生きることです。安易な道を選びたがる人は多いです。そういう人間ばかりだと思ったら、それは違います。私には一番難しい道 が一番安易な道です。それはそうしている事が生きていることだからです。正しいと思う事をしていれば生きていることができるからです。それは満ち足りた生 き方です。私にとって、間違ったことをすることは死ぬことと同じです。私は誇りを大切にします。どんなに泥まみれになっても誇りを一番大切にします。それ は虚栄とは違います。誇りを失わないことは生きると言うことです。誇りを捨てることは死ぬということです。
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私は言葉を失くしました (失語症ではありませんし、話せないわけでも、書けないわけでもありません)が、その時、混沌の妻、吉野せいさんの「洟(はな)をたらした神」を何度も声を出して読みました。この詩は「夢」の中に出て来ます。一つの物をじっと見つめ続け、飾った言葉ではなく、ありのままを根気よく表現していくという作家と しての在り方に惹かれました。言葉がない私に詩を書き続けさせてくれたのは吉野せいさんでしたし、この混沌の詩でしたし、その「夢」の中にも出てくる山村暮鳥の孤独でした。山村暮鳥の作品は札幌でmsnblogに詩を発表した頃から読むようになりました。
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おそらく誰もが想像もつかない孤独・・・・・それが私のこの10年の孤独です。この被害者が全国に何人いるか分りません。私は自分も救われたいし、声を出すことの出来ない被害者の救済の為に今できることをします。
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2008年10月22日 水曜日10:21:17